Welcome to Seventh-Day Adventist Hachioji Church

セブンスデー・アドベンチスト|SDA|八王子キリスト教会

福祉部

八王子教会 福祉部

2014年4月15~17日
 福祉部のメンバー4名で 陸前高田・南三陸を訪れました。


陸前高田・南三陸 被災地訪問報告

【東京発午前8時48分】
2014年4月15日。東北新幹線やまびこ43号で、八王子教会・南三陸訪問団は旅立った。メンバーは大垣・高橋・田中・阿部の4名。

3年前の震災以降、被災地支援チームを通じて衣類や日用品、クリスマスプレゼントなどを届けているものの、現地の様子はどうなのか、復興は進んでいるのかを実際にこの目で見てみたい、という福祉部の企画である。


【陸前高田市 巨大コンベアと花畑】
一ノ関で被災地支援チームの4名と合流し、自家用車2台に分乗して、最初に向かったのは陸前高田市。
全世帯の7割が津波の被害を受け、千数百名が亡くなられた被災地である。

陸前高田ベルトコンベア

「埃っぽいので必ずマスクを」と事前に聞いていたのだが、“埃っぽい”などという言葉では表せない光景が広がっていた。

市街地全体が平たく均され、巨大コンベアで運ばれる土砂が次々とダンプカーに積み込まれて、いたるところに台形の盛り土が出来ている。

高台には住宅が残っているが、低地には工事関係の事務所や売店があるだけだ。


丸太が何十本も積まれていたり、シャベルカーが土をすくっていたりするが、人の姿は目に付かない。どこまでも人工的な大規模工事現場である。

盛り土  材木

その片隅に“奇跡の花畑”と呼ばれる一画がある。「たくさんの人の協力でできた花畑です」と言って、自宅のあったところに女性は花を植え続ける。

花畑  花畑2

津波に流された家の写真を見せていただいたが、泥水の中に青い屋根だけが浮いている。「夜中にもう一度大きな津波が来たらしく、翌日には屋根が折れていました」と見せてくださった写真で、津波が一度ではなく何度も来たことと、その威力の凄まじさを知った。


【南三陸T仮設】
粉塵まじりの砂埃が舞い上がる陸前高田をあとに南へ走ること2時間、南三陸町に入る。

仮設で支援物資を分ける要の女性が、野セリのおひたし、白菜の漬物、イチゴを用意して迎えてくださった。

T仮設住宅  野せり

高齢の両親を引きずるようにして車に乗せ、津波に追いつかれてタイヤの半分まで水に浸かりながら逃げた。親しくしていた隣のご夫婦は逃げ遅れて亡くなった。自分のことだけで精一杯なのに支援物資を分けることになり、しかしそれが仮設の人たちと話すきっかけになった。

「もうひとつ、私を支えてくれた宝物はこれです」と言って見せてくださったのは札幌三育小学校の子どもたちから送られた手書きのメッセージ集。

「いつか一緒に、札幌三育小学校を訪問しましょう」という支援チームのスタッフの言葉に、「行けたらいいな」と嬉しそうに笑われた。


【2日目】
朝一番にSさんのご自宅を訪問。海を背にしてゆるい坂を上る。脇道を右に曲がって、急な坂を上ったところに家がある。海は全く見えず、海岸からはとても遠く感じる。それなのに家の横の斜面の木は津波になぎ倒されている。

災害公営住宅

渦を巻きながら水が上ってきた。近所の人と斜面の一番高いところまで逃げたが、床上まで浸かっただけで、かろうじて家は流されなかった。外にいては凍えてしまうので、畳は濡れていたがとりあえずみんなで家に入った。

4月半でも朝方は0℃になることもある地域である。
3月11日はどれほどの寒さだったろう。

道を挟んだ高台に4階建ての復興集合住宅が2棟、建設されつつあった。


【お茶っこ】
午前・午後と、仮設住宅の2か所で“絵手紙の会”を開く。

仮設住宅の中にある談話室に、支援チームが用意してきた画材を並べていると、年配の女性たちがニコニコと笑いながら集まって来られた。

K仮設

支援チーム は定期的に訪問を続けているので、「お久しぶりです」「元気そうですね」という挨拶が交わされる。八王子チームも一緒に“絵手紙”を描かせてもらい、一息ついたら“お茶っこ”である。

“お茶っこ”とはお茶のことであり、お茶会のことでもある。秋田土産の「りんごパイ」や東京土産の「人形焼き」、参加者が持ってきてくださった漬物やメカブがテーブルに並ぶ。

わいわいガヤガヤと楽しいお茶会だが、津波の話も当然出てくる。
3年経って傷は癒えつつあるとしても、ここがまだ仮設住宅であるということ、復興はまだ遠いことを思い知らされた。

瓦礫は撤去されている。漁業は再開された。防潮堤の高さは議論の的だ。義援金は個人にまでは少額しか届いていない。遺体の見つかっていない人がまだたくさんいる。

「何か必要なものはありませんか」と訊くと「こうやって訪ねてくれることが一番うれしい」と言ってくださった。「この服も貰ったものだよ」「来てくれてありがとうね」。

津波は生活を一変させたが、南三陸の人たちは海を誇りにしている。その海岸線に沿って被災地が延々と続いている。
この方たちの前で「フクシマ」という言葉を、私は口に出すことができない。


【最後に】
支援チームの三年越しの働きがなければ、今回の訪問は実現しなかった。感謝とともに、これからも自分たちのできることで応援していきたいと思う。

ここには書ききれない、愉快なエピソード満載の楽しい旅だったことを付け加えて、報告を終わります。

レポート:あべゆかり


書ききれなかったエピソード「南三陸 裏レポート」を、あべゆかりのブログで公開しています。興味のある方はご覧下さい。

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